
郷原氏のジャニーズ批判に学ぶ、企業の危機管理3つの鉄則
2023年に日本社会を揺るがしたジャニーズ事務所の問題。
その一連の対応は、すべての企業に「危機管理」のあり方を根本から問い直すきっかけとなりました。
コンプライアンスの専門家である郷原信郎弁護士は、この問題を厳しく分析しています。
郷原氏が提唱するコンプライアンスの本質は、単なる「法令遵守」ではなく「組織が社会の要請に応えること」。
この視点に立つと、ジャニーズ事務所の対応から見えてくるのは、法律論だけでは解決できない根深い課題です。
この巨大不祥事は、決して“対岸の火事”ではありません。
その特異な事例の中には、あらゆる組織に通じる普遍的な教訓が隠されています。
本記事では郷原氏の分析を基に、企業の危機管理担当者が有事の際に「何をすべきで、何をしてはいけないのか」を判断するための、具体的な原則を分かりやすく解説します。
Contents
郷原氏の分析から見えた3つの論点

ジャニー喜多川氏による性加害問題を受け、ジャニーズ事務所は2023年に二度の記者会見を開きました。
まず、事実関係を客観的に整理し、そこから浮かび上がる論点を明確にしていきます。
最初の会見は9月7日。藤島ジュリー景子氏が社長を退任し、新社長に東山紀之氏が就任することが発表されました。
この時点では長年親しまれた「ジャニーズ事務所」の社名は維持する方針が示されました。
しかし、この方針は社会的な批判を浴び、多くのスポンサー企業が契約を見直すなど、事態は新たな局面を迎えます。
この厳しい社会の声を真摯に受け止め、10月2日には2回目の会見が開かれます。
ここで方針は大きく転換され、社名を「株式会社SMILE-UP.」に変更し、被害者への補償に専念した後に廃業するという、極めて重い経営判断が下されました。
この迅速な軌道修正は、批判に耳を傾け、変革しようとする姿勢の表れとも言えました。
しかし、この会見の翌日、特定の記者を指名しないようにする「NGリスト」の存在が発覚。
この会見運営上の問題は、変革への決意そのものに疑問を投げかける形となり、郷原氏が指摘するように、新たな「不祥事」として報じられました。
これらの会見では、新社長の東山氏らとともに、顧問弁護士である木目田裕弁護士らが登壇。
専門家として前面に立ち、厳しい質問に真摯に答えようとする姿が見られました。
この一連の対応の中で、私たちは何を読み解くべきなのでしょうか。
論点①:「NGリスト」問題とコミュニケーション
2回目の会見で明らかになった「NGリスト」問題は、変革への真摯な姿勢に水を差す結果となりました。
この問題は、未曾有の危機下におけるコミュニケーションの難しさという観点から掘り下げる必要があります。
郷原氏は、このリストが「批判的・追及的な参加者の指名を避けて、ジャニーズ事務所側への批判が大きくならないようにしようとする意図で作成されたことは明らか」と指摘します。
しかし、これは必ずしも説明責任を放棄しようとしたわけではなく、限られた時間の中で会見を円滑に進行させ、伝えるべき要点を確実に伝えたいという、運営側の意図が背景にあった可能性も考えられます。
郷原氏は、この手法が「経営者に恥をかかせず、負担を軽減すること」を目的とする「日本的株主総会対応」に類似していると分析します。
平時のガバナンスでは有効な手法かもしれませんが、今回のような重大な人権問題においては、社会はよりオープンで真摯な対話を求めていました。
この認識のギャップが、批判を招く一因となったのかもしれません。
ジャニーズ事務所側はリスト作成への直接的な関与を否定しつつ、会見運営を委託したコンサルティング会社とのやり取りを顧問弁護士が行っていたと説明しています。
これは、危機下における外部委託先との連携や、情報共有のあり方といった、企業統治におけるガバナンスの難しさを示す事例と言えるでしょう。
意図せざる形で起きた運営上の問題が、組織全体の意図と誤解され、信頼を損なうリスクをはらんでいるのです。
論点②:危機対応における優先順位の難しさ
危機対応の成否を分ける最も根源的な問い、それは「この対応は、誰の利益のために行うのか」という点に集約されます。
郷原氏は、ジャニーズ事務所の対応の難しさの根源に、この点の複雑性があったと指摘します。
特に一回目の会見では、創業家であり株主でもあるジュリー藤島氏の意向が方針に影響したと見られています。
郷原氏が言うように、重大な不祥事において、経営者個人の利益と、企業が社会的責任を果たすことは、「しばしば対立する」関係にあります。
この問題の構造をさらに複雑にしたのが、ジャニーズ事務所がジュリー氏100%保有の非公開会社であったという事実です。
弁護士にとって、依頼者である株主の意向を最大限に尊重することは、職務倫理の基本です。
しかし、今回のケースでは、その依頼者の利益を守ることが、必ずしも社会の要請に応えることと一致しませんでした。
この「依頼者の利益」と「社会の要請」との間で、対応の舵取りは極めて困難なものになったと想像できます。
社会が求めていたのは、創業家との決別を含めた抜本的な改革でした。
その意味で、郷原氏はジャニーズ事務所を「社会的には破綻した会社」と見なし、より客観的な「倒産処理を受任した弁護士」のような立場で対応すべきだったと提言します。
これは結果論からの分析ですが、いかに前例のない、難しい判断を迫られていたかを示しています。
論点③: 弁護士の役割と法的説明の課題
今回の会見では、顧問弁護士の木目田裕氏が自ら矢面に立ち、専門家としての説明責任を果たそうとしました。
その姿勢は、クライアントを支え、事態を収拾しようとする強い責任感の表れと見ることもできます。
しかし、その過程は、現代の危機対応において専門家が直面するジレンマを浮き彫りにしました。
会見における木目田弁護士の法的説明には、後に専門的な見地からいくつかの課題が指摘されました。
たとえば、共犯の成立要件に関する発言や、第三者委員会の調査状況に関する説明です。
しかし、これは極度の緊張状態で行われる記者会見という場で、複雑な法的解釈を即座に、かつ万人に誤解なく伝えることの計り知れない難しさを示す一幕でした。
限られた情報と時間の中で、法的リスクを最小限に抑えつつ、誠実な説明を尽くそうとする専門家としての苦慮がそこにはあったはずです。
郷原氏自身、木目田弁護士が自身の検事時代の後輩であり、企業法務や危機管理において「有能」であると評価しています。
その有能な専門家でさえ、今回の対応では難しい判断を迫られました。
郷原氏はその原因を「前社長のジュリー藤島氏の意向と利益に沿うことを優先した」点にあると分析しています。
それは裏を返せば、弁護士が「依頼者の利益」と「社会からの要請」という二つの重い責務の間で、いかにギリギリの選択を迫られていたかを示しています。
このジレンマは、同様の事態に直面しうるすべての専門家にとって、他人事ではありません。
信頼を再構築するための危機管理3つの原則

ジャニーズ事務所の事例は、特異なケースでありながら、すべての企業が危機管理を考える上で学ぶべき普遍的な教訓を含んでいます。
ここからは、企業の信頼を再構築するために不可欠な3つの原則を提言します。
原則①:不都合な情報とどう向き合うか
危機において企業が最も陥りやすい過ちの一つが、不都合な情報をコントロールしようとすることです。
「NGリスト」問題が意図せずして信頼を損なったように、オープンな対話を避けようとする姿勢は、かえって社会の不信を招きます。
郷原氏は、このような重大な不祥事においては「批判非難をとことん出させ、それへの応答をし尽くすことが重要だった」と指摘します。
厳しい追及は、企業が社会とのズレを認識し、自らを正すための貴重な機会です。
そこから逃げずに正面から向き合う姿勢こそが、信頼回復への第一歩となります。
透明性の確保には、徹底した事実解明が不可欠であり、たとえ自社にとって厳しい事実であっても、真摯に解明しようとする姿勢が求められます。
原則②:トップの「覚悟」とリーダーシップが初動を決める
危機対応の方向性を決定づけるのは、経営トップの初動です。
ジャニーズ事務所の最初の会見での判断が、その後の展開に大きな影響を与えたように、初期段階におけるトップの判断は極めて重要です。
重大な不祥事においては、経営者個人の利害を超え、企業全体の社会的責任を果たすという大局的な「覚悟」がリーダーには求められます。
その上で、客観的な視点から組織を正しい方向に導くことができる、真のリーダーシップを発揮する存在や意思決定体制を、平時から構築しておくことが重要です。
原則③:「外部の視点」を活かす仕組みづくり
組織は危機に陥ると、自己保身や自己正当化といった「内向きの論理」に支配されがちです。
この内向きの論理を打ち破る鍵となるのが、客観的で独立した「外部の視点」
ただし、単に外部の専門家を起用するだけでは不十分です。
企業が自社の都合の良い結論を得るために専門家を利用しようとすれば、その客観性は失われます。
専門家を、問題の本質を共に解明し、社会が納得する解決策を導き出す真のパートナーとして迎え入れる仕組みと文化を育むことが、真の危機管理につながります。
危機管理は企業の未来を支える「土台」となる
ジャニーズ事務所の一連の対応は、私たちにコンプライアンスの本質を改めて問いかけました。
郷原氏が提唱するように、コンプライアンスとは「『法令遵守』ではなく、『組織が社会の要請に応えること』」です。
この原点に立ち返れば、危機管理とは、単なる防御的な活動ではありません。
社会との健全な関係を再構築し、企業の未来を支える「土台」を築くための、本質的で創造的な活動であるべきです。
ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)は今、被害者への補償という最も重い社会的責任を果たすべく、その歩みを進めています。
一方で、新会社は長年にわたり育まれてきたエンターテイメントの灯を絶やすことなく、多くのタレントとファンの未来を守るという、もう一つの社会的要請に応えようとしています。
一つの企業の事例から得られる教訓を社会全体で共有し、より健全な組織と社会を築いていくこと。
それこそが、この困難な事例から私たちが学ぶべき、最も重要なことなのかもしれません。
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