【驚愕】偉人には「ニート」が多い?!

ニートとは就学や就労、職業訓練のいずれも行っていない人物を指します。日本の場合は15~34歳までの非労働力者のうち、通学や家事を行わない若年無業者をニートと定義されています。いずれにしても「ニート=無職」というイメージから、あまり良く思われていないことは確かです。しかし、実は誰もが知る偉人の中にもニートが存在していたことをご存知でしょうか?成功者に分類される偉人ですが、実はニートを経験している人は多いのです。今回はニート経験を持つ偉人についてご紹介しましょう。

高等遊民とは?

ドラマでも一時期「高等遊民」という言葉が話題になりました。この言葉は明治時代から昭和時代初期に多用されており、正確な語源は分かっていませんが、夏目漱石から使われ始めたと言われています。高等遊民とは、大学など教育機関を卒業しながらも、経済的に不自由なことがないので会社員や官吏になることなく、毎日を過ごす人のことを指します。主に読書や趣味を含む興味のある分野の研究などを行い、雅やかな日々を過ごしていたそうです。

つまり、現代で言えばニートのことを示しています。主に上級学校への入学や卒業後の就職を実現できなかった人が高等遊民になったとされています。元々高等知識を持つ人物なので、自然主義や無政府主義といった危険な思想の影響を受け、それが社会問題になるのではないかと危惧されていました。

満州事変や日露戦争など軍需景気により就職難がなくなり、それと合わせて高等遊民も解消されています。現代とは問題の視点が少し異なりますが、昔も無職である状態は社会問題として捉えていた点は共通認識であると言えます。

ニートだった日本の偉人たち

どのような偉人がニートに該当するのか、まずは日本の偉人からご紹介しましょう。

・太宰治(小説家)
戦前から戦後にかけて活躍した太宰治もニートに該当する生活を送っていました。太宰治は現在の東大にあたる東京帝国大学への入学をきっかけに青森から状況してきました。在学当時から井伏鱒二の下で小説の執筆を行っています。自殺未遂や心中未遂を繰り返していたことでも有名であり、大学から除籍されたことで就職もできませんでした。そんな彼はどう生活していたのかというと、実家が豪農であったため、資金援助を受けて生活していたのです。まさにニート生活をしていた太宰治ですが、結婚後は家族を守ろうとより執筆活動に力を入れ、『女生徒』や『走れメロス』などを世に送り出します。また、女性関係で色々ある中でも『人間失格』など人々から評価されている小説を数々発表してきました。

・南方熊楠(学者)
戦前に活躍した南方熊楠は粘菌の研究で知られている学者で、主に博物学、生物学(菌類学)、民俗学の研究を行っていました。学問に対する熱意が強く、日本だけではなくアメリカやイギリスなどに渡り、色々な分野で研究に勤しんでいたそうです。数々の実績を残している人物ですが、実は研究機関に一度も所属したことがありません。在野の研究者と共に過ごしていたため収入は一切なく、実家で酒造業を営む弟や親族から研究資金や留学費の援助をお願いしていたそうです。ニートというと引きこもりな人が多いと思いますが、南方熊楠はとてもアクティブなニートであったと言えます。

・伊藤若冲(画家)
伊藤若冲は江戸時代中期に京で活躍した画家です。写実と想像を組み合わせた近代的な画風が特徴で、「奇想の画家」とも呼ばれています。青物問屋の家に生まれ、非常に裕福な暮らしをしてきました。ただ、本人は家業に全く興味を示さず、その上人付き合いが苦手であったため、就労せずにニートに近い生活を送ってきました。しかし、23歳の頃に絵の模写に熱中し、中国の宗元画などの模写を続けます。そのうちにオリジナル作品を完成させますが、その時の年齢は40歳を超えていました。また、彼の描いた絵は売られるわけではなく、全てお寺に寄進されていました。家が裕福であったことから道具にお金をかけており、高い絵の具を用いていたことから絵は傷むことがほとんどなかったそうです。

ニートだった世界の偉人たち

世界には様々な偉人がいますが、その中にもニート経験をしてきた偉人はたくさんいます。次にニート経験のある世界の偉人をご紹介しましょう。

・チャールズ・ダーウィン(自然科学者)
「種の形成理論」を構築したとされる、イギリスの地質・生物学者のチャールズ・ダーウィンは病気を持っていました。ダーウィンは医者一家に生まれたため、自身も大学で医学を学んでいました。しかし、医者になることができず、さらに病弱であったため外で働くことができず、引きこもり生活をしていたのです。母方の従兄弟にあたる妻を結婚した後、妻の父親(ダーウィンの伯父)から年間400ポンドの送金を受けており、そのおかげで職に就かなくても生活が送れていました。生活に心配がないので自身の研究にも力を入れることができ、ニートでなければ生物の進化プロセスは明らかになっていなかったかもしれません。

・劉邦(太祖)
劉邦は中国漢王朝の太祖であった人物で、高祖と呼ばれています。元々は貧しい農家生まれですが、家業を継がずに遊び周り、兄一家に生活は頼りきりでした。いい加減で態度が大きいトラブルメーカー的な存在でしたが、素直な部分もあるので憎めないところもあります。そのため、何か問題を起こしても庇ってくれる人や、後をついて来る人物は多く人望は厚いものでした。失敗や投げ出しの多い人物ですが、厚い人望が高祖まで上り詰めていくきっかけを生んだのでしょう。

・アドルフ・ヒトラー(指導者)
独裁指導体制を築いたことで知られるドイツの政治家です。実は彼も若い頃はほぼニート生活を送ってきました。14歳の頃に父親のアイロスが亡くなり、ヒトラーは父の財産を相続します。父親は地元の名士であったため、ヒトラーは膨大な財産と遺族年金を手に入れ、ニート生活を送っていたそうです。元々は画家になりたかったようで、働かず絵を描く日々を過ごしていました。そのうちに成績不振で学校を退学することになり、また妹の孤児手当にまで出してしまいます。一度本気で画家を目指しウィーンに移住し、美術アカデミーを受験するものの3回も不合格となり、そのことに根を持っていました。その後は政党で政治活動に熱を入れ、指導者となった際はニート生活における不遇な状況から独裁政権を構築したと言われています。

・アンドリュー・ワイルズ(数学者)
フェルマーの最終定理を証明した数学者として有名な人物です。この定理は17世紀にフェルマーという数学者が提唱し、たくさんの数学者が証明に挑んだものの、360年間証明は成し遂げられませんでした。アンドリュー・ワイルズは定理を証明するために、何と7年以上も自宅の屋根裏部屋で研究に没頭していました。そして、1993年に突然表舞台にもどり、フェルマーの最終定理を証明したのです。同僚の研究者の間では行方不明になったと思われていたそうです。自宅に引きこもっていた理由は大学教員の雑用から逃げる狙いもあったとされています。

名前だけを挙げれば、他にもドイツ人哲学者のニーチェやフランス作家のマルセル・プルーストなどもニートのような生活をしていました。主に小説や芸術の活動に没頭する人々が高等遊民に当てはまっていたようですが、今のように職業という認識が薄かったのかもしれません。私生活はどうあれ、それぞれが何か熱心になれるものが合ったことは確かであり、それを追求した結果、偉業を残すことになったのでしょう。

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