ドン・キホーテ創業者 | 安田隆夫氏について徹底調査!

ドン・キホーテといえば深夜まで営業し、食品から日用雑貨までなんでも揃うお店と認識している人も少なくないでしょう。
店舗ごとに個性があり、日本人だけでなく海外旅行者にも人気が高いです。
そのドン・キホーテは、PPHIグループの創業会長兼最高顧問である安田隆夫氏が最初に手掛けたお店からスタートしました。
今回は、ドン・キホーテと安田隆夫氏について調査をしてみました。

安田隆夫氏のプロフィールをご紹介

ドン・キホーテの創業者である安田隆夫氏は1949年、岐阜県に生まれました。
慶應義塾大学法学部へ進学し、29歳の1978年にドン・キホーテの前身である「泥棒市場」を東京杉並区にオープンさせます。
わずか18坪ほどの店舗で倉庫スペースも狭かったため、床から天井までびっしり商品を積み上げていました。
商品には一つひとつ手書きの商品紹介カード(POP)をつけ、訪れた人を積み上げた商品で圧倒しつつも掘り出し物を探す楽しさを提供しました。

安田隆夫氏は人手が足りずに閉店後も商品の陳列作業を行っていたところ、営業中だと勘違いをした買い物客が多く訪れたことから深夜営業に需要があることを見出します。
コンビニエンスストアも23時までの営業しか行っていなかった当時、24時まで営業していた「泥棒市場」はその目新しさと独特な店舗空間が評判となり、年商2億円を売り上げる成功を納めました。

「泥棒市場」がなぜそこまで成功したのか、それには理由があります。
安田隆夫氏は小売業を始めるにあたって、大手小売企業の真似は絶対にしないという“逆張り”発想を貫くことを決めていたそうです。
同業他社と同じことをしていては新しい需要は生まれませんし、そもそも資本力が違うので絶対に勝てません。
これまでの発想をすべて覆すくらいの意気込みで取り組まなければ小売業界では生き残れないと直感していたのでしょう。
在庫が倉庫に入らないなら店内に陳列してしまうという解決策は、これまでであれば異端です。
しかし、店内通路や商品棚を度外視した陳列方法は買い物客に好評でした。
そこには、商品を探す楽しさがあったからです。

安田隆夫氏は店内を「売り場」とは言わず、お客様が買いたい品を探す「買い場」と表現しており、これは現在のPPIHグループに脈々と受け継がれる企業理念集「源流」が定める顧客最優先主義にも示されています。
「泥棒市場」が軌道に乗り、1980年には小売業の株式会社ジャスト(現パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)を設立、1989年にはついに東京府中市にドン・キホーテ1号店をオープンさせます。

 

ドン・キホーテ創業から現在までの業績

創業より連続増収営業増益を達成

ドン・キホーテは1号店をオープンし、迎えた最初の決算から増収営業増益を達成し続けています。
見込みがあると判断した事業の取り込みや、地域にマッチした店舗づくりなど、状況に応じた柔軟な対応が業績を押し伸ばしてきました。
ドン・キホーテの店舗一つ取ってみても、その業態は様々で、「MEGAドン・キホーテ」では豊富な品揃えと驚きの安さをコンセプトに、PPIHグループの中核業態である「ドン・キホーテ」ではコンビニエンス・ディスカウント・アミューズメントの三位一体をコンセプトにと、周辺環境に合わせてもっとも有効なタイプの店舗を出店し、増収営業増益を実現してきました。

しかし、それだけで30年近くも成長を続けられるのでしょうか?
その答えは創業者の安田隆夫氏が掲げる企業理念「源流」にあります。

徹底した個店主義で需要を見極める

全国展開している小売業では通常、運営本部が取引先や取扱商品、各店舗への納品数量までを決定します。
各店舗は入荷された商品を運営本部の指示通りに陳列し、販売します。

一見するととても効率の良い店舗経営のように思えますが、この方法では店舗の個性は一切出ません。
また、同じ商品であっても地域によっては需要が異なり、関東地方で人気が高いからといって関西地方でも売上が伸びるとは限らないのです。
しかし、地域差や需要の機微などは運営本部は把握ができず、否応なしに納品された商品は、原価を無視した価格設定などの店舗努力で売り切らなければならず、大きなロスが生まれます。
さらに、運営本部からの指示通りに動けばいいだけなので自分たちで考え、行動に移す力が育ちません。

「源流」が定める企業理念には顧客最優先主義の他に“権限移譲による個店主義”というものがあります。
権限移譲とは、企業の経営組織において、部下に権限を付与する行為を言います。
ドン・キホーテの1号店がオープンした際、安田隆夫氏は従業員に自分のノウハウや経験を教えようとしたそうですが、うまくいきませんでした。
そこで教えるのではなく、自分たちでやらせてみる、“逆張り”の行動に出ます。
店舗経営にかかわる業務のほとんどを従業員に任せてみたのです。
このことが「源流」にある権限委譲による個店主義の始まりでした。

今ではドン・キホーテの各店舗に権限移譲され、全店舗が「個店」扱いとなっています。
環境やノウハウは用意しておき、あとは各店舗に運営を任せるのです。
店舗ごとに取扱商品を選び、入荷数量を決め、陳列方法や価格設定といったすべてを行います。

自由度が高く、思うような店舗運営ができる代わりに、しっかりとした収益を上げなくてはならないので責任は増します。
従業員一人ひとりが買い場に責任を持つことで売上はもちろん、常にトレンドや需要を意識した店舗になるのです。
権限移譲は任されたことへの責任感もさることながら、予測通りの結果が出た時の高揚感や達成感を味わえ、より仕事や職場への愛着へつながります。

ドン・キホーテの業績が順調な伸びを見せているのは、従業員一人ひとりに、結果を出すために考え、行動に移せる力が備わっているからといっても過言ではないでしょう。

海外展開の実態、展望

海外展開の実態

全国展開を続けるドン・キホーテが海外展開を開始したのは2006年でした。
ハワイに「ドン・キホーテUSA」を3店舗オープンさせたのです。
その後、ハワイやカリフォルニアにスーパーマーケットを展開する企業をグループに迎えることで、新規出店も含め2018年にはPPIHグループはアメリカ国内に38もの店舗を持つこととなりました。

地域に合わせた店舗展開

アメリカだけでなく、東南アジア地域にも展開を進めています。
2017年にシンガポールに出店したドン・キホーテは、これまでにない新しい業態「DON DON DONKI」です。
「DON DON DONKI」は、安田隆夫氏が開発した、“ジャパンブランド・スペシャリティストア”をコンセプトにした業態です。
海外展開にあたっては日本とは違ったドン・キホーテを作りたいと考えていた安田隆夫氏は、現地で売られている日本の食品に着目します。

シンガポールでは日本の食品は人気が高く、日本の相場の2~4倍と高額であっても売れ行きが良く、現地ではこれを当たり前のこととして捉えられていたのです。

安田隆夫氏は企業理念に掲げている顧客最優先主義の精神を刺激された安田隆夫氏は海外展開の起点に、これらの問題解決を据えることにします。
また、これを解決することは、日本の食品生産者を支援することにもつながります。
何より、シンガポールの消費者たちにも喜ばれ、結果として日本のイメージはさらに向上することまで考えました。
そのような背景から、これまで培ったノウハウやキャリアを活用し、店舗の品揃えは食品をメインにした「DON DON DONKI」がオープンしたのです。

まとめ

今や連結業績にて売上高13,000億円を超える一大企業となったPPIHグループのドン・キホーテですが、始まりはわずか18坪ほどの小さな店舗でした。
しかし、顧客最優先主義権限委譲による個店主義といった企業理念は当時から変わらず受け継がれています。
それは安田隆夫氏という一人の強い意志や経験が生み出したものでした。

“大企業に対抗するための逆張り”が海外にも順調に展開を進める大企業を創り上げたともいえ、その経営センスの良さが改めて感じられました。

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